10月14日
「ただいま」
返事は無い。一人暮らしなのだから当然だが。
都内の大学へ進学したわたしがこの部屋で迎える、今日は最初の誕生日だ。
思えば、落ち着いて誕生日を迎えるのは何年ぶりだろう?
去年は受験でそんな雰囲気じゃなかった。
一昨年はコンクールの授賞式や生徒会の仕事でそれどころじゃなかった。
三年前は編入のための試験勉強で必死だったな。
「……わたしの高校生活とはいったい……」
もうすこし、なんというか甘い潤いがあってもよかったのではないか? そう、たとえば……
頭を振って面影を振り払った。ばかばかしいことだ。
「四年前のわたしは……町にいたな……」
※※※※※※※※
「いま盗った金をすぐに返せ」
ガラの悪い3人組。
「なんだぁ、このガキ?」
「おじょうちゃん、ママになりたくなかったらさっさとお家に帰ンな」
「お前、ロリコンだったのかよ」
ロリコン!? これでも、自信を持っていいプロポーションだと自負しているんだぞ!?
怒りが増幅していく。力が漲る。
「3つ数えるまで待ってやる」
「ひとつ」
「ふたつ」
「みっつ!」
数え終わると同時にぼろ雑巾が3つ、転がった。
そしてまた、別の不良どもを探して彷徨い歩く……
両手の指に余るほどの不良どもをアスファルトに沈めて大通りを歩いているとき、大時計から音楽が流れ始めた。
午前0時、日付が変わった合図だった。
カレンダーの表示は10月15日。そのときわたしは初めて、今日が誕生日だったことを知った。いや、もう昨日か。
誕生日とはこんな風に過ごすものだったか? 子供の頃はどうしていた?
テーブルにはろうそくの灯ったケーキとたくさんの料理、両親が笑い、鷹文がクリームを舐めようとして叱られて――
現実にあった記憶なのか、それともあれは現実にあって欲しかった儚い夢の産物なのか。眩しいほどに美しく……
通りの両脇に並ぶ大きなガラスのシューウィンドウ、そこに映るわたしは――
「はっ」
可笑しい。
「あははははははっ」
可笑しすぎる。
「なんだこれは。誰だこれは」
可笑しすぎて涙が出そうだ。
「はーはははははっ はーっ、はーっ」
水滴がアスファルトを黒く濡らしていく。いつのまにか雨が降っているようだ。
「あはっ、はぁっ、ふっ、うっ、はあぁぁぁぁ……」
アスファルトはどんどん濡れていく。はやく雨宿りをしなければびしょ濡れだな。
「う、ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!」
わたしは笑っているはずだ! 痛みも苦しみも、あいつらのせいでそんなものを感じるなんてわたしは赦さない!
「いたぞ! こっちだ!」
「よくもやってくれたな!」
「ひん剥いてめちゃめちゃにしてやる」
――不良どもか
「いいだろう、何人でも相手をしてやる。わたしは今、とても暴れたい気分なんだ」
事件にはならなかったが、何人かは重傷で入院したはずだ。
※※※※※※※※
少し苦い記憶をもてあそびながら郵便物の整理をしていて、一枚の伝票を見つけた。
「不在票?」
時間は……まだ間に合うな。再配達を依頼し、今度はレポート作業に取りかかった。
「それにしても……、誰かを呼んでみてもよかったんじゃないか?」
卒業してから振り返って『……わたしの大学生活とはいったい……』と思うようでは進歩が無いではないか。
あまり人付き合いが上手とはいえないことは自覚している。こうしてみると、物怖じしない宮沢や古河が恋しかった。
古河の隣に別の顔も浮かんできたが……
「わたしもがんばろう」
具体的にナニをどう、などとはとても人には言えないが。
「ここの資料は確か」
最近、独り言がとみに増えたことも自覚している。
「いかんな、どうも考えが後ろ向き――」
思った端から独り言が出ていたことに苦笑してしまった。
気を取り直して資料に向き合ったとき、呼び鈴が鳴った。
『宅配便です。こちら、サカガミトモヨさんで間違いありませんか? はい、では判子かサインお願いします』
鷹文? 送り主は鷹文だった。
何だろう? ダンボールの梱包を解いてそこにあった物を見た私は、思わず叫んでいた。
「あ い つ は 何 を 考 え て い る ん だ っ !?」
インスタントカップ汁粉。4x5の二段で計40個。
「わたしにぷくぷく太れと言うのか? 確かにこのところ急に寒くなったし甘いものは嫌いじゃないし忙しくても手間を取らないが――」
あいつもあいつなりに考えてくれた、というところか。
「それにしてもセンスが無い。20点と言うところだな、これでも甘々だ。お汁粉だけに」
うん、わたしにはギャグのセンスが無い。
ひとつを取り、ポットのお湯を注いでひとくちすする。温かくて、甘い。
飲み終わったら、鷹文に電話を入れよう。
「うん、こんな誕生日も悪く無い」
fin.